当麻寺のタペスリー(「貴婦人と一角獣」その4)

さて、15世紀フランスのタペストリーを見るうち、日本の古いタペストリーの事が頭に浮かんできた。奈良の当麻寺に、タペスリーにまつわる伝説がある。

頃は8世紀、継母にイビられて出家した中将姫が、夢に現れた観音菩薩の教えに従い、寺の蓮で糸を作り、曼荼羅図を織った、と言う。「描き上げた」のではなく、「織り上げた」のなら、それはつづれ織である。

折りしも今、奈良国立博物館で「當麻寺展」を開催中。しかし展示されている曼荼羅図は、どうやら室町時代や江戸時代の転写らしい(それでも重要文化財)。ある染織研究家が、
「当麻寺に残っている当麻曼荼羅は、タテ糸が麻、ヨコ糸が絹である」
と書いていたが、それは転写本だったのか、本物の原本だったのか。

當麻曼荼羅がつづれ織で実在したのなら、そんな貴重な信仰対象である物が、修復されなかったのは何故だろう?奈良時代は、遠すぎるけれど、後に続く平安時代でも、鎌倉や江戸時代でも、平和で豊かで信仰篤い時代はいくらでもあったのに。

今よりは原本がまともな状態で残っていたうちに、それを参照しながら復元しても奇妙ではない。その程度の寄進をする貴族やら武家やら、いくらでもいたのではないか。

フランスに限らず、ヨーロッパには、今でもタペスリーの修復や復元事業が結構あるらしい。それなのに、中将姫のタペはどうして・・・?無性にモッタイナイ。

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