原子の火

こんなニュース記事↓があった。何だかやり切れない。
対立生む“原発の恩恵” 遠方住民「手厚い補償、被害者ぶるな」

今回の事故で、双葉町に住む私の友人が、家族ぐるみで避難した。元の土地では果樹農園を営んでいた。祖父から受け継いだ果樹もあった。原発の恩恵を受けたからと言って、事故で家土地と地域社会の全てを引き換えにするなど、誰が了解していたと言うのだろう?

それなら、電気の安定供給と言う恩恵を受けて来た東電管内に住む人々は、住居と仕事を失っても、文句を言えない理屈になるではないか。

東電は、原発周辺だけでなく、この石岡に土下座しに来ても良い。千葉にも埼玉にも、東京にだって、土下座して回っても良い。土と水と空気を放射能で汚して、どうやって人間が生きていけるのか、教えて欲しい。

放射能の検出で出荷制限された産地の産物は、店頭から一時消えた。その見慣れた産地名の土と水と空気によって、消費者は生かされて来たのだ。それらを食べてきた人々は誰も、今回の原発事故の被災者ではないのだろうか?

そもそも放射性物質は、人間が便利に使って良い物ではなかった。原子の火は、人類を弔う火である。多ければ多いほど、命を絶たれる者が増える。

被災者が非難しあうなど、無意味ではないか。

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