誰のための報道?

3/11の地震はマグニチュード9.0だと言われている。最初の発表から何度か修正されて、この数字になった。

奇妙でならない。

この数字は、発生から数日の間に、より大きく修正されていった。パニックを避けるためならば、マグニチュードの修正なんて事態が落ち着いてからで良かったのではないだろうか。

マグニチュードの計算方法は何通りもあって、今回の修正途中で、従来とは別の方法に変更したそうだ。この点は新聞では、一度小さな説明があったとの事。マグニチュードが想定範囲外の未曾有の規模であれば、事故責任を軽減される可能性があるそうだ・・・。土から離れて利権を貪る人間は、保身のためなら他者の苦しみも厭わないのだろうか?

福島の原発事故がレベル7に引き上げられた。これも保険金だか補償金だかの支払い額を下げる理由になるそうだ。

既に起こった地震による被害は、レベル評価の変更によって変わらない。被災者にとって、それは数字遊びでしかないのに、そんなニュースがトップに取り上げられている。事故をどのように終息させるか、汚染された地域をどんな技術で回復出来るのか、それこそが最優先で取材され、報道されるべきではないのだろうか?

原発事故のために避難した人は十数万人。出口の見えない不安な日々を、今現在も送っていると言う。ここ石岡で就農した友人知人達は、土壌の汚染を怖れ、出荷制限を怖れながら、春の農作業に携わっている。

報道されているニュースは、一体誰のためのものなのだろう?いっその事、マスコミの情報を全部ウソだと考えようか。

地震の規模は、それほど大きくなくて、原発事故は、それほど深刻ではなかった。放射能の漏出は、軽度のもので、各地の放射能濃度の数値も捏造だった。ヨウ素もセシウムもストロンチウムも、深刻な毒物ではなかった。(これは願望だけれど)
全ては関係者が、賠償金を自分の懐ではなく、血税で賄わせるためのデッチ上げだった。あるいは、地震そのものが、大規模な発破によるヤラセだった、と。

今回の大地震が人為的なものである、という説もある。普通ならデマ、トンデモ話として一蹴されるけれど、数字遊びで評論合戦しているメディアよりは、よほど現実的に思える。

東電の株が大きく下落した。過去半年以内に空売りした者は、大きな利益を上げた。現時点で取引量が増えているのは、売る者がいて、買う者がいて、取引が成立している、という意味だ。大きな事故があって、深刻な事態が進行すると、儲かる人間がいるらしい。本当に修復不能な未曾有の事態なら、500円台で持ちこたえたりするだろうか?実は適当な段階で事件を終息させ、うやむやにさせる企画があって、そういう事情を知っている者がいるのかも。

深刻でない事を深刻な事件として報道して欲しい人間がいるのではないか。先の見えない不安の中で、私の頭がオカシクなったのか、そんな考えが浮かんで消えない。

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